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ピュアナチュラル

2011年03月22日

東北関東大震災について考える

長い間ブログをお休みしていました。
また、スタートしたいと思います。

私は3月12日57歳のお誕生日を迎えました。

その前日、仕事のプレゼンで溜池山王に有る会社に行って、その後の打ち合わせである北品川に行くべく地下鉄からJRに乗り換えるため新橋の駅で電車を待っているときにグラットきたのです。
プラットフォームには中年男性がちらほらという感じで、みなおとなしくキャーという声も上げずに耐えて我慢しているという感じでした。
私は若い仕事仲間がいたので取り乱すこともできずにいましたが、ひざががくがくするぐらいの恐怖感が襲ってきました。
その後、新橋の駅を出て喫茶店に入ったりタクシーを待ったりしながら、いったい何が起こったのか何の情報もないままうろうろしていましたら、大きな電光掲示板にコンビナートの火災現場が映し出されていました。

30有余年前、新婚生活を送った木更津の地。そこに住まいしたのは旦那さまがLNGのガスタンクを作る技術者として派遣されていたからでした。いつも、東京の実家からの帰り道、主人の運転する車で幼子二人を抱きしめながら、巨大コンビナートの消えぬ火を見て、戦争が起こったら絶対に一番最初にこのコンビナートが狙われて火の海と化すのだろうかと考えていたものです。
そして、この子達がどうぞ幸せに育って行ってくれるようにといつも思っていました。
その幼子は成人して立派な大人となって、そしてこの東京に地で家族そろって東北関東大震災を経験しました。

打ち合わせをするドクターが新幹線で品川につかれたことを確認して、仕事仲間と結局徒歩で北品川まで行って、そこで何が起こっているかを確認しました。

日付が変わるまで、打ち合わせにならないけれども、皆それぞれ家族の無事を確認しつつ、皆で談笑し心温まるひと時を過ごさせていただき、皆散会しました。

それからもう10日が経ちました。
こんなことが起こっていいのだろうか・・・
神の怒りはここまで来ていたのだろうか・・・
私にとって何が一番大切なのか・・・

TVに映し出される悲惨な映像を目の当たりにしながら悶々と考え込んでいました。

自宅待機となって、普段すれ違いばかりでろくに顔も合わせない家族が集まって話し合うことがいろいろできました。

家族の絆だけではなく、人と人との絆がどんなに大切か痛いほど感じている毎日ですが、私には守らなければならない家族と社員がいるという現実があって、さらに善循環社会を築きましょうよと市民運動も四苦八苦しながら立ち上げたところでした。

現実、まだ何の動きもできていませんが、それぞれの立場でできうるかぎりの善循環行動をと思っています。

まずひとつは、買いだめをしないこと。
正確な情報の入手においては、TV・インターネットもま逆をいっていることがたくさんありますが、自分の感性を大切に正しい行動をとりたいと思っています。

これからの日本のことが正直心配です。
原発の放射能汚染に関しましては、これから子供を授かる可能性の有る若い人たちや子供たち中心に、汚染が及ばない生活の仕方を瞬時に判断して行動してもらいたいと思います。
そして、中年以降の私たち世代は若者の健康と安全優先で日本の未来を託していきたいと思います。

たくさんのお金と暇のある人たちは沖縄や石垣島、そして海外へと避難して行きましたが、私にはあまりにもいろいろの重責があってそんな行動が取れません。

きっとあの戦火に見舞われた過去の大戦のときの疎開もこんな感じだったのかと偲ばれます。
歴史は繰り返すというのでしょうか!!
確かに栄枯盛衰世の習いということなのでしょうか!

こんな時期だからこそ、経済活動もしっかり機能させて、東北のかたがたの分も日本人として稼ぎ出さねばなりません。
有言実行で善き事がなせるように・・・。

きっときっといろいろなこと試されているんでしょうね・・・
毎日何を判断して何を行動するかということを・・・

一家の主婦ならば、守るべきものがしっかり見えますが、自ら一家の主婦の座ではない生き方を選んでしまったのですから
その責務を追行するのみ・・・

やったるでー精神でがんばります!!
posted by shikaku_tsuneho at 14:00| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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